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『多期間一般均衡モデルの確率的動学』
晃洋書房 2018年3月20日発行
西村 和志
は じ め に
本書は, von Neumann-Morgenstern Utilityを加法的に表現する理論を基礎に, 2期間一時的一般均衡モデルを不確実性下の多期間一時的一般均衡モデルに拡張し,腐敗財の現物市場と先物市場を分断して設定し,交換経済,生産経済,国内国際経済において,一時的一般均衡の存在,Pareto最適性,模索過程の安定性を示す.通貨制度を金本位制および管理通貨制度に分けて,前者は実質モデル,後者は貨幣名目モデルということにする.
貨幣名目モデルでは,経済主体の予想価格形成が市場均衡の存在を制約することを示す.貨幣名目モデルに,債券を導入し,財市場と債券市場を分離し,フロー・ストック市場均衡を示す.フロー・ストック市場をつなぐ財市場の貯蓄が,債券市場で追加投資できるように設定する.貨幣名目モデルでは,先物価格が内生的に決まり,先物価格は,合理的期待形成の実現値となる.市場均衡では,「時間選好率=物価変動率の逆数」が成立する.割引債を追加して,「時間選好率=実質利子率」の関係が成立するようにしている.
生産経済に株式市場を導入し,3資産モデルに拡張する.平均分散分析では,3資産の最適ポートフォリオを求めることはできるが,市場で売買することは示せない.本書のモデルでは,完全競争市場ルールの下で,3資産の現物・先物取引ができる.貨幣名目モデルを応用して,自己年金を形成し退職後取り崩す異世代消費ローン・モデルで,債券を貯蓄・資産形成手段とする場合の市場均衡の存在を示す.実質モデルでは, Phelps,Samuelson=Mertonは,Ramsey消費・貯蓄問題に,Markowitzの平均分散分析,Tobinの流動性選好説を持ち込み,資産選択の最適化を加えた.Merton,Black=Sholesのオプション価格理論も,同様な系譜にある.他方,貨幣名目モデルにおいて, Grandmondは,Hicks,Patinkinによる貨幣のある一時的一般均衡理論を,Arrow・Debreuの一般均衡理論の方法によって,短期均衡の存在を示した.本書では,貨幣名目モデルで現物・先物市場均衡を示す.
最後に,外生的に賦存量の離散確率過程, 内生的に予想価格の離散確率過程を仮定し, 多期間現物・先物市場において, 均衡離散確率過程として市場均衡が存在し, 賦存量の確率過程にしたがって,現物・先物均衡が運行することを示す.外生的に賦存量の連続確率過程, 内生的に予想価格の連続確率過程を仮定し,期待連続効用関数を最大化し,各時点で市場均衡する連続均衡が運行することを示している.共に,長期均衡および長期安定性は,今後の課題である.
第1章は, 従来のvon
Neumann-Morgenstern Utilityを多変数効用として定義し, 公理から加法的効用を導いた.第2章は, 多変数効用が一次変換に対して不変である性質をもちいて, 加法的効用を応用する方法を示した.第3章は, 予想価格形成方法について, 点推計法および分布予想法があり, 合理的期待形成論を, 一時的一般均衡論の枠組みで, 先物市場の契約価格によって予想価格が内生的に決定されることにより実現する.
第4章から第6章まで, 貨幣のない実物経済において, 一時的一般均衡モデルの枠組みを設定し,交換経済モデル, 生産経済モデル, 国際経済モデルの市場均衡,Pareto 最適性および安定性を示す.第7章は,金本位制下の交換経済モデル,第8章は,国際金本位制下の国際生産経済モデルにおける現物・先物市場均衡の存在を示す.
第9章において, 一時的一般均衡モデルの枠組みに管理貨幣を導入し, 第7章金本位モデルを修正し, 先物を入れることにより, 合理的期待形成論の主張する, 予想価格が先物契約価格によって,時系列的に確定することを示す.第10章において, 第9章モデルに債券を導入し, 利子率の期間構造を確定する.第11章において, 第5章モデルに貨幣および債券を導入し, さらに,予想価格と配当が確定する株式の現物市場と先物市場における主観的均衡を示す.債券・株式の現物・先物市場均衡の存在を示す.平均分散戦略は,債券・株式の現物・先物市場において,均衡価格を形成できることを示す.第12章において, 第10章を自己積立年金の設定で,異世代がライフ・サイクルを完結する財・資産現物・先物市場均衡を示し,利子率の期間構造と中央銀行の金融政策を決定する.
第13章において, 第9章モデルに対して, 賦存量の確率過程を仮定し, 主観的予想価格の均衡確率過程として確定し, 賦存量の確率過程に従って確率的動学を示す.腐敗財・貨幣市場の連続モデルを設定し,連続確率過程を仮定し,均衡確率過程を示す.
付論において,一時的一般均衡論では, これまで均衡の安定性について研究されなかったが, リヤプーノフの第2方法による安定性を,吉沢, 山本およびHahnにしたがって, 整理し,第4章,第5章および第9章において,定義と定理をもちいている.
2017年2月 西村 和志
本研究は平成22・23・24年度科学研究費補助金(基盤研究(C)),課題番号(22530291)「温暖化ガス削減政策のための産業連関表分析とマクロ計量経済モデル」の助成を受けたものである.
目 次
1章 多変数期待選好理論
1.1 期待選好理論の概説
1.2 距離空間における弱収束、実数値関数および選好順序
1.3 期待効用の存在と連続性
1.4 多変数期待効用の加法的表現
1.5 無限次元期待効用の加法的表現
2章 加法的期待効用の応用
2.1 加法分解の基本定理
2.2 異時間比較への応用
2.3 人と人の比較への応用
2.4 人と人による物の共通基準の決定
2.5 国と国による比較
3章 予想形成理論と期待効用理論
3.1 予想形成理論
3.2 合理的期待形成理論
3.3 一時的一般均衡理論における予想価格分布理論
3.4 予想確率過程
4章 交換経済における現物・先物モデル
4.1 概説
4.2 現物・先物モデルの設定
4.3 2期間モデルによる先物取引の決定
4.4 多期間モデルの消費者最適化
4.5 消費者の超過需要対応
4.6 市場均衡の超過需要アプローチ
4.7 Pareto最適性
4.8 模索過程の安定性
5章 生産経済における一時的一般競争均衡
5.1 はじめに
5.2 モデルの設定
5.3 消費者の最適化
5.4 生産者の最適化
5.5 市場均衡
5.6 Pareto最適性
5.7 模索過程の安定性
6章 国際貿易の一時的一般競争均衡
6.1 Grahamモデルによる国際貿易均衡概説
6.2 多国間モデルの設定
6.3 経済主体の最適化
6.4 国内労働および国際財現物・先物市場均衡7章 金本位制下2期間一時的一般均衡モデル
7.1 金本位制の概説
7.2 モデルの設定
7.3 腐敗財・金現物および腐敗財・金先物市場における消費者最適化
7.4 現物市場・先物市場均衡
8章 国際金本位制下の一時的一般競争均衡
8.1 国際金本位制のルールと固定相場制
8.2 2期間モデルの設定
8.3 経済主体の最適化
8.4 国内労働および国際財現物・先物市場均衡9章 貨幣一時的一般均衡モデル
9.1 確実性下における予想価格と貨幣市場に関する諸説
9.2 確実性下,2期間一時的貨幣一般均衡モデル
9.3 不確実性下,腐敗財現物・先物市場
9.4 消費者の最適化
9.5 現物・先物市場均衡
9.6 Pareto最適性
9.7 模索過程の安定性
10章 財・割引債フロー市場・債券ストック市場モデル
10.1 貨幣・債券モデルの概説
10.2 腐敗財・割引債フロー市場
10.3 腐敗財・割引債現物・先物市場均衡
10.4 債券現物・先物ストック市場
10.5 債券現物・先物市場均衡
11章 資産のある一時的一般競争均衡モデル
11.1 生産経済下の資産市場
11.2 腐敗財現物・先物市場
11.3 腐敗財現物・先物取引における最適化
11.4 腐敗財現物・先物市場均衡
11.5 債券・株式現物・先物市場
11.6 債券・株式現物・先物市場均衡
11.7 債券・株式現物・先物市場における平均・分散戦略
12章 自己年金をもつ異世代消費ローン・モデル
12.1 各学派の見解
12.2 腐敗財現物・先物市場
12.3 腐敗財現物・先物取引における異世代の最適化
12.4 腐敗財現物・先物市場均衡
12.5 債券現物・先物市場
12.6 債券現物・先物取引における異世代の最適化
12.7 債券現物・先物市場均衡
13章 貨幣経済における現物・先物市場の一時的一般均衡確率過程
13.1 予想確率過程をもつ現物・先物市場
13.2 現物・先物取引における消費者の最適化
13.3 現物・先物市場均衡
13.4 離散モデル均衡確率過程
13.5 連続市場均衡モデル
付論 安定性
1.1 安定性理論
1.2 リヤプーノフの安定性
1.3 大域的漸近安定性
1.4 不変集合と安定性